【過去世No.007】古代ギリシャ時代に神官だった過去世を記録しておきます。タイトルは、対話(1)としたけれど実は10年ほど前に少しだけ映像を視ていました。改めて今、対話した内容を記録しておきます。
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(高齢のミラン神官が赤い表紙の分厚い本をパラパラとめくって見せてくれた。)
ミ:私は神の言葉を一つたりとも逃さないように書き留めている。ここには有識者達が集まる。どんなことでも学べる。無限に学べる。学ぶことは生きることだ。
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(若い頃のミラン神官が現れた。)
白っぽい土壁の狭い自分の部屋に、ベッド、机といす、小さな本棚がある。ベッドには、死を待つ男性が横たわっている。机の上にはろうそくが灯り、その横で小さな木箱からグレーの石を取り出している。彼はそれを横たわっている男性の胸に当てて怖れを取り除いている。この人は死にゆく人を看取る役目らしい。
B:エゴはないのですか?
ミ:神が私に望まれることに努めると私は望んだ。だから望み通りのことをしている。
B:人を看取る時どんな気持ちなのですか?
ミ:人は死ぬ間際に怖れや苦しみに襲われるが、同時に強い愛情や感謝も感じている。それは人間が生まれる時に持っていた純粋な愛の状態に近い。その傍らにいる自分は浄化されているような気持ちになる。
B:生い立ちを聞かせてもらえますか?
ミ:両親と弟2人。家は貧しく長男の自分は体が弱かったために9歳になる前にここの神官へあずけられた。仕方ないこととはいえ、恨み、悲しみ、怒り、憎しみ、自己憐憫、自己否定、弟達への嫉妬があった。
そんな私を見て神官が教えてくれた。
「それらの感情はすべて尊いものだ。神から人間に贈られた美しいもの。たとえ汚く見えてもだ。人はそう思わないかもしれない。だが君は今、間違いなく神から贈られた尊い経験の中にいる。全部しっかりと受け取りなさい。ここはそういう所だ。」
未熟な私には難しかった。この世界の不条理がすべて集まっているような所に見えていたから。体の不自由な人、病に苦しむ人、死を待つ人、罪を犯した人。親に捨てられた自分もまたその中の一人だと感じていた。
ある日、片腕を失った男が寝たきりの病人を世話しているのを見た。別れ際に病人は必死に感謝の言葉を伝えようとしていた。
私は胸のつかえが取れたような気がした。神官の教えを少しだけ理解出来たのかな。この自分を頼りに生きていこうと思えたんだ。